プロフィール

経歴
『経歴』
1969年 府中市にて生まれる。アポロ11号による人類初の月面着陸
1971年 神奈川県津久井郡藤野町(相模原市)に転居し、自然と戯れる
1985年 神奈川県津久井郡藤野中学校卒業。リトル/シニアリーグで活躍
1988年 早稲田大学本庄高等学院卒業。ラグビー部でFWとして活躍
1992年 早稲田大学教育学部卒業後、アリゾナ州立大学ゴルフ部へ挑戦
1993年 家庭の事情で93年秋に急遽帰国。就職難でフリーター暮らしも

 

『職歴』
1995年 フリーの出版プロデューサーとして学習参考書の制作に従事
1997年 出版・広告他、上場関連業務など幅広く手掛ける法人を設立
2000年 広告系ベンチャー企業等の役員を兼任し、サラリーマンを想う
2003年 「愛情いっぱい総合商社」株式会社sakuramomoを設立
半年毎に新規事業を立案、実行。テレアポ・飛び込み営業は現役
社名の由来は太宰治『桜桃』の「子供より親が大事、と思いたい」
2016年 日本政策学校10期生として政治を学ぶ

 

『自己紹介』
結婚後の27歳より調布市民(菊野台~飛田給~深大寺元町在住)。二児の父。
自他共に認める「チャレンジャー」。
どんな経験にも無駄はないと信じます。

日々の活動を発信しています

 

政治との関わり

権力との遭遇…

高校大学の先輩との共同事業を夢見ていた2013年6月。半ば強制的に参加させられた都議選ボランティアで、神田神保町交差点のドトールコーヒーを貸し切って設けられた選対事務所に頻繁に出入りする自民党幹部の面々と壁一面に貼り廻られた政治団体からの無数の推薦状に「一体この候補者は誰なんだ」と驚愕。そう、後に都議会のドンとして注目を浴びることなる内田茂・都連幹事長の事務所であった。政治とは無縁だった男が政治という権力をリアルに目の当たりにする。

数年後…

それから数年後、日本政策学校10期生として政治を学ぶ。しかし、選挙の多くが票田を持つ現職の議員が優先される「出来レース」であったことから、政治家を諦めていく優秀な人材たちの様を見ていくうちに、政党や地盤、知名度、資金力に制約されない自由な被選挙権を誰もが平等に行使できる社会環境の創造を掲げ、2017年東京都都議会議員選挙に自らが『無所属・新人』として立候補することを決意。選挙当日まで出馬事実を知る者が10人足らず、家族には直前の新聞報道で知られるという状況の中で開始した初めての選挙において、3,666票(得票率2.7%)を集めるも、落選。

民間の感覚を…

経済は一流、政治は三流といわれる我が国において「民間からの政治家輩出をサポートしていきたい」、その礎を築くフロント・ランナーを目指す。

 

エピソード

1969年東京都府中市生まれ。2歳のときに神奈川県津久井郡藤野町(現・相模原市緑区)へ転居。
高校時代から交際した妻と26歳で結婚。第一子出産時の27歳より調布市民となり、菊野台⇒飛田給⇒深大寺元町に現在は居住。
MARCHに通う大学生の息子と娘を持つ、二児の父。

エピソード[幼少期]

画家を諦めグラフィックデザイナーへ転身した父の仕事について歩いていた際、子役としてスカウトされる。CMなどに多数出演するも、田舎からロケ現場に疲れ果てた母親の都合で引退する。おかっぱヘアーと「たくみ」という名前から、近所の子供たちから「女の子扱い」を受け、毎日虐められた。その際はズボンを降ろして「男の子」を証明していた。幼少期から牛乳1000mlを毎日飲み干していたためか、巨大&肥満児化した。

エピソード[小学生時代]

小学校2年生の算数掛け算(九九)暗唱会で、クラス1位(44秒)となる(ちなみに1学年23人の田舎の学校)。このとき先生に褒められるも「1位だったことよりも45秒を切ったことを褒めてほしい」(各段平均が結果5秒以内<5秒×9段であったという意味)と生意気な発言により担任には嫌われるが、それを聞いた校長からは九九の本質を理解できていると褒められた。同年の「よみうりランドの大声コンテスト」に一般の部で優勝し「日清ママースパゲッティ1年分」を獲得した。

小中学校では相模湖リトル・シニアリーグで主に捕手として活躍するも、関東大会では最強·調布リーグたちの壁に跳ね返されてきた。荒木大輔さんの実兄・健二氏らの活躍をテレビで目にして、「早実で甲子園!六大学野球で神宮!」を目指す。
田舎の秀才が八王子の大手塾主催の直前冬期講習に乗り込むが6クラス中で最下位のクラスで更に最下位だった。早実中の算数の第一問であった「17/64時間~」に対し試験管に「一時間は60分だからミスプリントです」と訴えるも、相手にされず60分間ずっと泣き続けた。もちろん結果は0点だった。

エピソード[中学生時代]

地元の藤野中学校の入学式直後、階段の踊り場で2年生の不良グループにブリキのバケツを被らされた上から酷い殴打を受けた。入学者一人ひとりの呼名の際の返事が大きかったのが理由。学級委員選挙では満票で選出。

中3時に冬のストーブ使用時間の延長を学校に求めたが受け入れられず、灯油登板の際に学校近くの駄菓子屋からもらってきたコカ・コーラの空きビンを使って地中に備蓄。休み時間に密かに補充していたところを校長に見つかりクラスのストーブ使用が禁止されたが、本人はその日から受験だったため、寒さからは免れた。この年、校長室での連続「正座&鞭」の刑記録9日間を樹立した。学級委員投票では、中一時は満票、中二時は接戦勝利、中三時は0票だった。

進学先は早慶付属高校に複数合格したが、①当時の早実の早大進学率が75%程度だったこと、②早実野球部の低迷期でもあり甲子園に行ける可能性が低かった(実際に高3時の早実は創部史上初の初戦敗退を喫している)こと、③受験勉強中に放映されていたドラマ「スクールウォーズ」でラグビーに感化されたこと、④自宅外通学を母親が希望したこと、⑤大雪の影響で会場入りが15分遅刻したにも関わらず試験会場であった理工学部のチャイムが故障し試験開始が同じく15分遅れ、泣きながら着席したと同時に試験が開始されたことに運命を感じたことから、ホームステイ(委託寮)制度が整い全国の田舎者が集う早稲田大学本庄高等学院へ進学する。

エピソード[高校時代]

一旦は野球部に入るが、半年後にはラグビー部へ移籍した。体格がよかったため入部1ヶ月から左ロック(NO.4)で早々に公式戦に出場。当時の埼玉県は熊谷工や行田工など全国トップクラスの強豪校や日本代表クラスがひしめく激戦区で、努力の甲斐なく一度もベスト8の壁を破ることが出来なかった。

肝心な成績はといえば、一年次は学年30番(音楽は学年1位)と優秀であったが、完全にラグビーに染まった二年次以降は学年中位~下位に沈んだ。

エピソード[大学時代]

1988年、早稲田大学教育学部社会科へ推薦入学と同時に、同年の日本選手権優勝の早大ラグビー部の門を叩く。初日に120人の新人が集まり、二週間後に70人、一ヶ月後に40人へと猛烈なシゴキの日々。181cmでは大学のロックでは通用しないと判断、体重が85kgあったことからスクラム最前列のプロップ転向。しかし夏前から背筋の怪我に苦しみ半年で無念の退部となる。この挫折が、その後も絶えず挑戦する意欲の源となっている。

エピソード[海外挑戦]

大学4年時に財閥系大手総合商社五社のみ就活し、全て不採用。そこで20歳から趣味的に始めたゴルフへの挑戦を決意。1992年の卒業後の夏に全米最強のアリゾナ州立大学ゴルフ部へのテストのため渡米。76ストロークで一次テストは通過するも、最終トライアウトで不合格となる。目標をMBA取得に切り替えるもバブル後の家計都合により、1993年秋に止む無く帰国。

エピソード[企業人として]

帰国後はゴルフキャディーやアパレルなどのバイトなどの生活を開始する。某出版社のサポートもあり、27歳でイラスト制作会社を起業。暫くして当時のTOEFL617点の英語力を活かしての学習参考書の企画・編集、雑誌プロデュース、大手学習塾の広告プランニングなどを手掛ける。

28歳より経営全般の知識の必要性のため中小企業診断士の勉強を開始。二次試験対策の「事例」科目の解答に反するドン・キホーテの成功戦略や現役診断士の活動範囲の狭さを知り、資格取得を中止する。しかし身に着けた経営、財務、労務、マーケ、仕入、法規といった知識を活かして、東証マザーズなどの証券市場のPR、流通小売業への卸売り、国内外貿易の支援、中小企業向け販売支援コンサルティング俯瞰的に手掛けるようになる。

2000年に旧知の広告系ベンチャー企業と合併。新規上場/経営企画業務に携わる。

2003年に新会社を設立。従来の広告系業務の他、信書保管や日本初の国産葡萄100%を使用した長期熟成型ワインの製造・販売を開始。

2006年より当時は概念のなかったクラウドビジネスに挑戦。

2008年に新聞購読率の低い杉並区、中野区、三鷹市を中心にテレビ番組誌付のチラシ配布サービス「ちらしんぼ」事業を開始。数十名のポスティングと配達要員を雇用するも広告主獲得に苦戦し、資金難に陥る。同年末にサービス中止。

2009年、所有するゴルフ会員権との惜別ラウンドに独りで出向いた際のスコアが1アンダー(71)であったことから、偶然にも同伴した大手流通業の役員からの救済により、倒産を回避する。

2010年、大型店舗のレジ前一等地の大型クーポンメディア「TakeValue」を開発。23区内でサービスを開始する。

2012年よりインターネット関連、古物ビジネス、各種雑貨の取扱いを開始。

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